山田せつ子&倉田翠ダンス公演

シロヤギ ト クロヤギ

ワークインプログレス公演『そして なるほど ここにいる』から1年、
ふわふわとした足元に跳ね返されたり、踏み落ちたり、
互いの変化を微妙に感じながらその日に備えていますが、
それはとても恐ろしいことに思えます。
15年前から、折に触れ向かい合わざるを得なかったのはどうしてなのか。
ここにあるカラダと言葉をにらみながら見つけ出します。

山田せつ子

公演概要

日程

※受付開始は開演の30分前

会場

THEATRE E9 KYOTO
(京都市南区東九条南河原町9-1)

アクセス
チケット料金

当日券は+500円

チケット発売日:10月10日 (日) 12:00より

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※下記のメールアドレス、電話番号からもご予約できます

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作品プロセス

昨年のコロナ下で会って稽古が出来ない時間、11月のワークインプログレス『そして なるほど ここにいる』に至るまで、私達はメッセンジャーや、メールや、電話で小さな画面を覗いたりしながら沢山のやりとりをして遠距離稽古をして来ました。
コロナの状況無かったら持たなかった時間とも言えます。
迷走も納得も混ぜこぜの時間でした。
そして、公演が延期になったこの1年更に続き面白い時間となりました。
それらは恐らく作品というものになって行くのでしょうが、
本番までのあと2ヶ月弱、更に続けているこのやり取りを少しここに公開していこうと思います。
どんな対話が生まれるか、興味を持っていただける方覗いてください。
随時更新して行きます。更新は、FBなどでもお知らせします。

山田せつ子 倉田翠

始まりの始まり〜
翠ちゃんの作品は忘れていても、時々ムズムズと動き出して、私が奥の方に飼っていた生き物に頭を出させてしまう。
それはどんな生き物だったか全体を思い出そうとする。
靄がかかっているわけではないけれど、まだらに浮き沈みして動く生き物。
あまりに遠い記憶なのに、昨日の記憶でもある。
そうこうするうちに50年も前の白茶けた手紙が届いた。
クチャクチャになった手紙を読みたくて、手紙を書くが返事はない。
仕方がないのでクロヤギに手紙を書く。

シロヤギから届いた手紙を読まずに食べた三年後、クロヤギ はひどく後悔し胃の中のものを全て吐き出してつなぎ合わせる。白紙。 すみません、もう一回書いてもらえないですか。読まずに食べた手紙のことをそれとなく切り出す。ヤギたち。

「シロヤギとクロヤギ」の場合、手紙のこと言わなくても、食べちゃうからお互い読めずに出し続けている手紙のことがイメージされます。 「食べてしまった手紙のことをもう15年も言い出せずにいる」の場合は、逆ですね。ヤギやな、とイメージされます。ヤギの歌の日本人への普及によって。

長い間どうしてもわからないことがある。読む前に食べるんだから仕方がない。
ちょっと我慢したらいいことを、2人ともついつい食べてしまう。
手紙は長い時間をかけて彼女たちの血になり肉になり、なんとなく、
こういう内容だったんじゃないか、と想像することができるようになる。
それはイメージに過ぎない。
ただ、もう「私」になっている。
そして私は、読んでもない手紙について、あーだこーだと言う。

ふむ、クロヤギさん。
シロヤギさんは何故ダンス的だったり、
演劇的だったり、行為的だったりと、
体の置き方、意識の置き方を変えるのでしょうか。
捕まえられないようにしているのでしょうか。
では、誰に、何に捕まえられないようにするのでしょうか。
草むらは、果てどもなく広がっています。
ウザいときは、読まずに食べてください。

早々に、ダンスの中にはないわ、と気付く。(諦める)
ダンスを、心から信じて、疑うことなく踊るダンサーを見ると羨ましかった。
ダンスをしていると、まるで私が「私のフリをしている」ように感じていて、
なので、ダンス以外のことをやるようになる。
それは、他者と共に、ただ生きるということで、なんとも難しかった。
それでもダンスをやめることなく、しつこく持ち続けていると、
繋がっているポイントが見つかってくる。
「今」
ものすごく悔しいことがあって、それを我慢しているときに噛み締めている奥歯のテンションに、解決できない悲しみからなかなか抜け出すことができないときの身体の脱力感に、イライラして悪態を付きたくなるような時間に、私はダンスができる瞬間のようなものを発見する。

あなたは誰ですかと、私が聞いたらしい。
いや、確かに、聞いた。
あなたは誰ですか。
何故、私はそんな質問をしたのだろう。
切羽詰まっていたのかな、私。
自分は誰なのか、考えて欲しかったのだろうか。
自分は何者なのか、見つけて欲しかったのだろうか。
どれも違う気がする。
誰も薄い皮膜で、生きている世界と当然のように繋がっている、
その薄い皮膜をみんなが持っている。
この世界は、それを持っていなくては生きていかれない。
けれど、その皮膜を疑わなければ、もうひとつの世界は覗けない。
残酷な意識なのだ。イライラしたのだな、私。
その皮膜に気づかないまま、何かをしようとしているからだに。
自分に似てそこにあるこのからだに。
この皮膜は、常に更新される。
途方に暮れて、歩く、彷徨う、座る、待つ。
うすく、うすーく積もって行きながら、ときに剥がれて行く。

ワークインプログレス
(2020年11月/THEATRE E9 KYOTO)

皮膜がペラペラめくれてくる。あーだめだめ、とペタペタ身体に貼り直しているうちに、貼ってるこれ、なんだったっけ?と、さっきまで私の身体に、あたかも私であるようについていたはずのものが疑わしくなる。
皮膜が自分のものではないかもしれないと思うと、中心に進むしかない。
置いてきた身体がある。
仕方がない、思考するのに精一杯で、一緒に引きずって歩くには私の身体は重すぎた。
皮膜が剥がれた部分から中を覗く。
人の形をした黒い影のようなものがうようよしている。小さな子供だったり、痩せっぽっちだったり、私に似ていたりする。
一人ずつ、「あなたは私でしたか?」と聞く。
それらは返事をしない。
動いて試してみなさいと。

カカトを上げる 耳をそらす 鼻を縮める 喉をまわす 鎖骨を入れ替える
あ、失った三分の二の胃袋がピチャピチャ言う
左足静脈がスッと引き抜かれて街を彷徨う
戻って甲状腺を散歩する
足裏は随分隆起した丘が生まれ、地図は書き換えられる
バラバラに走り出す からだ

鈍感さと敏感さを兼ね備えており、その鈍感さったらひどい。
座っていると椅子が痛い、転がると床が痛い、歩いていると風が強い、気温が私に対してあまりにも寒い、そういう外部との接触部分のピリつきまで忘れてしまって、まるで平気で私は外と付き合えている気になっている。なんなら「上手」とも思っている。
上手い風クッションが、大丈夫あなたは十分に健康で、上手くやれてますよ、と言う。

ワークインプログレス
(2020年11月/THEATRE E9 KYOTO)

翠ちゃんはよく泣く。15年前から同じ。いつ泣き出すかわからない。始めは驚いたけれど慣れた。呆れるようになった。けれど、時に私は途方にくれる。 途方にくれながら踊るとなんか良いダンスが生まれたりする。
力の持って行き場がなくなって、風が吹く。足元が彷徨う。

ズーム中とかに描いてる意味のない落書きって、改めて描こうと思ったって描けない。
思考と分離して、手先が描いてる。意味不明。何描いてんだ、と後から笑ってしまう。
ダンスがこのような感じにあればいいのにな、とは、たまに思う。

稽古で、即興で踊っている時とそれは似てるかな。
ダンスは後から見えないから、笑ってしまえないけど。あ、映像では見れるか。
お皿を拭いている手が、ダンスしている手と似ているそうな。どっちが先かな。
行ったり、来たりだな。次はお皿しまう手を泳がせてみる。

「別に泣きたいわけじゃないんですけど」と言って、すぐ泣く。「泣かないの!」と叱られる。
そしてまた泣く。急に泣く。
もう叱ってくる人などほとんどいなくなって、私はかつてほどは泣かなくなった。
私は喋ろうとすると泣いてしまう子だった。
私のダンスはたぶん、ずっと泣いてるんだな。何が悲しいのかは、全くわからないです。

人の傷の痕跡を撫でる。人の傷の痕跡を撫でる。
記録が記憶を連れて来てからだが爪先だつ、
つんのめる。パタパタ パタパタ と撫でる。
井戸の水が底で揺れるのを見るように覗く。
人と踊るって、ふーむ。ダンスが通りすぎていく。
いずれ形に治る前の振動が人と一緒だと遠慮がちになる。ソロばかり踊って来たからかな。

倉田翠『今あなたが私と指差した方向の行く先を探すこと』展(2010年)

からだが言葉を連れて来る。踊るように書く。
リズムやニュアンスや、ためらう感情が言葉になる。
だから、説明出来ない言葉が渦になって言葉を呼びだす。
気がつくと、重なった言葉に意味が生まれてくる。
楽しい。楽しそうなダンス踊れないのに、楽しい。

寒い、眠い、痛い、怖い、転ぶ、血が出る、治る、また転ぶ、悲しい、うるさい

「私はまだダンスが楽しくはないです。」

ただ時々、私ではない私が勝手に笑ったり動き出したりする。
それを、へー楽しそうですねぇ、と見ている。
見ている私は誰ですか?
それで?その後は?

言葉が重なって意味が重くなって息を吐く
そろそろ沈黙の中に落ちていく
絶句で生まれる形に会いに行く
タンタンリロリロサーア
体が韻を踏む
逃げろ
待っているものはあるのかな
きっと会いますよ

プロフィール

山田せつ子Setsuko Yamada

ダンサー/コレオグラファー

明治大学演劇科在学中から笠井叡に即興舞踏を学ぶ。独立後、ソロダンスを中心に独自のダンスの世界を展開、国内外での公演多数。コンテンポラリーダンスの先駆けとされる。1989年よりダンスカンパニー枇杷系を主宰する。2000-2011年京都造形芸術大学(現:京都芸術大学)映像・舞台学科教授としてダンスの授業を持つ。現在、ソロダンス活動とともに次世代の振付家・ダンサーとの共同作業もおこなう。また、京都芸術大学 舞台芸術研究センター主任研究員としてダンス、演劇のプログラム企画に携さわる。2020年度日本ダンスフォーラム賞・大賞を受賞。著書ダンスエッセイ『速度ノ花』(五柳書院)。

倉田翠Midori Kurata

演出家/振付家/ダンサー

1987年生まれ。京都造形芸術大学 映像・舞台芸術学科卒業。3歳よりクラシックバレエ、モダンバレエを始める。京都を中心に活動。作品ごとに自身や他者と向かい合い、そこに生じる事象を舞台構造を使ってフィクションとして立ち上がらせることで「ダンス」の可能性を探求している。2016年より、倉田翠とテクニカルスタッフのみの団体、akakilike(アカキライク)の主宰を務め、アクターとスタッフが対等な立ち位置で作品に関わる事を目指し活動している。セゾン文化財団セゾン・フェローⅠ。